お熱いのがお好き


昔のコメディーの傑作でSome like it hot(お熱いのがお好き)というのがあります。マリリンモンロー主演で舞台はフロリダということになっていますが、写真にあるようにサンディエゴのリゾートホテルのコロネードホテルで撮影が行われました。ギャングの犯罪を見てしまったトニー、カーチスとジャック、レモンの男性2人が女性に化けて、マリリン、モンローがいる女性ジャズバンドに潜りこみ逃げ回るコメディーです。
このサンディエゴはメキシコとの国境にあるアメリカの南部にある風光明媚な都市です。大きな海軍基地や海軍病院があり、私も色々と交流があります。
深作眼科の角膜移植はアメリカのアイバンクからの提供角膜を使用して、条件の良い角膜を得られ、日本でも有数の角膜移植施行施設となっています。この都市には大きなアイバンクがあります。アメリカの眼科学会がよくサンディエゴであるために、私はしばしば当地のアイバンクのスタッフとの交流があります。このために、重度の角膜炎で角膜穿孔や前房蓄膿などの患者が来院すると、時差も関係無く、アメリカのアイバンクに電話して、二日以内で深作眼科にフレッシュな健康な角膜が届くシステムが出来ています。これによって助かった角膜患者が多数います。日本での角膜提供が極端に少ない現状では、深作眼科に来院した患者さんは非常に運が良く恵まれているといえます。
サンディエゴの南部にメキシコがあり国境の町はティファナと呼びます。海外に行くと、何でも見てやろうと冒険心が湧くことがあります。学会の中日にアメリカ人の眼科医の友人とその奥さんと一緒に、私が借りていたレンタカーを私が運転して、メキシコとの国境に行ってみようとなりました。
アメリカのハイウエーの5号線を南下していくと、実に快適でオープンカーで屋根を開け放って、アメリカンポップスをラジオでかけながら走っていました。鼻歌交じりで飛ばしていると、一瞬『えっ、何だ?』と思わず叫んでいました。今、Borderと見えたなと頭が言っているのです。Borderつまり国境です。そう思った瞬間、高速道路が急にガタガタ道路に変わったように思えました。何と、いつの間にか、あっという間にメキシコに入っていました。アメリカからメキシコに入る道路は何のチェックも無く入国できてしまうのです。もちろん、アメリカに入るときは厳重な国境で閉じられていて、逆はとんでもなく大変なことが後で知ることになります。
ティワナの街中をオープンカーでゆっくりと走ると、サンディエゴとはまるで違った独特の猥雑な空気と人ごみが包んできました。初めこそ面白がっていました。でも、そのころ日本人ビジネスマンがティワナで身代金目当てで誘拐され、最終的に殺されたニュースがあったことを思い出しました。アメリカとの国境沿いに高いフェンスが長く張られています。そこにぶらぶらとメキシコ人がいるので、何でだと聞くと、アメリカ人の友人は『彼らは不法移民を企んでいて、夜中にフェンスを越えるんだよ。』と、あっけらかんと答えました。私も、ことの重大さをじわじわと感じてきて、車の幌を降ろして閉めました。
アメリカ人医師の友人の奥さんは明るい能天気な人で、『この間みたテレビのコメディーで、同じようなことをやってたわよ。』と、嬉しそうに言うのです。テレビのドラマでは、身分証明書を持たないでメキシコに偶然入ってしまった、アメリカ人が何度も国境を越えようとして、捕まったり、メキシコ人と勘違いされて強制送還されたりする話だそうです。彼女がけらけら笑うと、私は『これはまずいぞ。』と、おもわず叫びました。私はパスポートも運転免許も身分を証明するものを全てホテルの部屋に置いてきたからです。
どうしようと、彼らと相談しました。かれらもだんだんまじめな顔になり、『確かに、まずいな。』と心配し初めました。アメリカに入る国境の警備は厳重であり、大丈夫かな?と状況を心配になってきました。とにかく、運転を変わろうと、アメリカ人医師の彼と運転を変わり、私は狭苦しい後ろの席に移り、彼の大柄で太った奥さんは助手席に座りました。そして、アメリカ入国の国境関門への長い車の列に並んだのです。彼は、私に何もしゃべらないでニコニコしていてくれと言って、真剣な顔で前を見ていました。しばらく、待った後に、我々の番が来ました。彼は、何事も無いかのように、自分のアメリカの運転免許書を見せました。アメリカでは身分証明として運転免許書が一般的です。
国境警備の係員は人の良さそうな黒人でした。運転していた彼や奥さんが、にこにこしながら、ハローなどと愛想を言いながら笑顔を向けていました。
警備の彼が、突然に奥の私も覗き込みました。私はこれ以上無いくらいの、顔中の笑顔を見せました。警備員は続いて、ニコニコしながら、我々に尋ねました。『Everybody, American citizen?(皆、アメリカ人だよね?)』私は、真っ先に、顔中、笑顔のままで、『Oh, Yes!(もちろんだとも!)』と応えました。
人生とは一瞬で決まることが、結構あるものです。事実は小説より奇なり、もあります。一瞬の偶然で決まることも多いのです。眼科の治療もそうです。深作眼科に来た患者さんは、偶然に日本に居ながら、あらゆる眼科分野にて世界の最先端の眼科手術を提供する施設に偶然な出会いでたどり着いたのです。この出会いを大切に思い、常に世界最先端の設備と最先端の技術を維持する努力で応えるように日々努力しています。
このアメリカーメキシコ国境通過の経験の後、私は、アメリカの運転免許をちゃんと取得して、私の財布には日本の免許とアメリカの免許を常に携行するようになりました。あの瞬間、私自身も映画の登場人物のような気分になりました。まさにSome like it hot.お熱いのがお好き。でした。