網膜剥離手術はある意味では運との出会い


この写真は16歳のA大学付属高校の野球部員で眼底写真である。真ん中を見てほしい。丸い穴が開いている。この患者は写真を撮った約1か月前に野球の硬球をこの目に受けた。バッティングマシンを5台も並べて、ボールを出す役をしていたそうだ。その隣り合う他のマシンから出たボールを打った球が、16歳の彼の左目に当たった。至近距離からバットで打った硬球を眼に受けたのである。一瞬で見えなくなった。網膜の真ん中に大きな穴が開き、網膜剥離となったのである。そのあと、彼は近くの町の眼科にかかり、B大学病院を紹介された。約1か月前である。その大学では難しすぎると言われたが、とりあえず点滴を打ちましょうとそのまま入院となり、そのうち自然に治るかもしれないと言われて、何もできずに1か月放置された。患者と家族は不安になり、他府県ではあるが、住居のある埼玉県と東京の知人に、日本で最も良い手術ができる眼科はどこかと聞きまくり、最終的に最も技術があると結論づけた深作眼科に来院した。

次の写真は、先ほどの眼底カメラだけでなく、網膜の断層撮影を撮ったものである。誰が見ても分かるが、網膜の真ん中に大きな穴が開いていて、網膜はまくれ上がるように網膜剥離を起こしている。視力は全く無く、光しか感じなかった。なぜ、点滴などをして放置したのか。おそらく、その大学では古典的な方法であるバックリング法は行っているのであろう。しかし、網膜の真ん中に大きな穴が開いて、しかも網膜剥離となっている患者は、経験も無く治せなかったのであろう。初診時に、患者には、時間がたっているのはまずいが、でも運が良かったね、と言った。患者は不思議そうに見たが、決して皮肉ではなく、他院でバックリング法や、不完全な硝子体手術を受けたり、水晶体摘出術など、よく行われる間違った方法で行われなかったのに、正直ほっとしたのである。1か月も放置していた為に光しか感じない眼であったが、その日に緊急の網膜剥離手術を施行した。23Gの小切開無縫合硝子体手術を施行し。黄斑上膜と内境界膜を短時間できれいに剥離除去し、網膜下液を黄斑円孔から抜き出し、完全に網膜を復位した。術後は無菌空気でタンポナーデした。水晶体はもちろん温存している。

次の写真は手術後5日目の断層撮影像である。まだ眼内には空気が残っているときである。網膜の孔は完全にふさがっており、網膜剥離も治っている。視力も術後5日目で光覚弁から0.8と劇的に改善した。患者に付き添った母親は涙を流して喜んだ。患者自身ももちろん喜んだ。1か月もすれば、また野球もできるであろう。多くのスポーツ選手の網膜剥離を直している。深作眼科で初めから網膜剥離手術施行したスポーツ選手は皆現役復帰している。バックリング手術後ではもはや激しいスポーツには復帰できない。ボクシング、サッカー、体操、野球、テニス、競泳、飛び込み、柔道、レスリングなどの選手は、頭や眼にまた衝撃を受けるであろう。完全に治す深作眼科の手術法でなら良いが、バックリング法では再剥離する可能性が高く、現役生活は引退となることが多い。なぜなら、バックリング手術は網膜剥離の根本原因である眼の中の硝子体線維の牽引が残るからである。また、硝子体の混濁を除けず、網膜上に線維化が残り術後視力も悪いことが多い。
それでは、硝子体手術と言えば、すべて良いのか、これは違う。あくまでも世界最先端の硝子体手術を施行する設備と技術がある場合に、この硝子体手術が優れていることは真実である。実は、この硝子体手術で最先端の技術レベルにあることが必要なのが、最も難しい問題なのである。

次の眼底写真を見てほしい。C県の36歳であるが、やはり打撲外傷の方である。違うのは、町のお医者さんに紹介されてC大学病院ですでに手術を受けてしまっていることである。この患者は20Gでの硝子体手術を受けていて、しかもシリコンオイルが入ったままで数か月が経っていた。水晶体はとられていて何もなかった。虹彩も切られてほとんどなかった。眼底はシリコンオイルの反射があり分かりにくかった。真ん中が浮いているように見えた。浮いているのにシリコンオイルを入れること自体がおかしいのだが、詳細が分からないので患者が大学病院のカルテを持参した。手術中のビデオからの写真があった。増殖カットしている写真が続いていた。患者がダメでもともとでも良いので手術してくれと懇願する。手術ではやや濁ったシリコンオイルをまずは除去した。なんと毒性の強いパーフルオロカーボンもかなり残っている。シリコンオイルを除去していき、思わず助手の医師に語った。「この患者、網膜が残っていないよ。」なんと、他院のカルテの写真で増殖膜をかじっているように見えたのは網膜そのものを除去していたのだ。出血があったのでわからなかったのであろうか。最終的にわずかに残った網膜の部分をくっつけた。術後は、光を感じるようになっただけだったが、患者は喜んでくれた。
他にも、30歳代女性で、網膜剥離手術後に治癒しないで眼球摘出をされた患者も来院した。反対眼にも網膜剥離があった。網膜にレーザーを打たれ、それが多くの孔になっていたが、眼球と網膜が残っていたので深作眼科で手術をした。幸い1.2まで視力が改善した。患者は大喜びであるが、他院で眼球摘出された目はさすがに魔法使いではないので直せない。
網膜剥離は眼科外科手術施設では比較的多く出会う疾患である。
因みに、昨年度一年間でも深作眼科では網膜硝子体手術を1511例施行して、世界で最大の症例数を施行している。このうちで網膜剥離の手術件数は821例であった。
網膜剥離の手術は失明か見えるようになるかといった極端に白か黒かの結果となりやすい。
簡単に言えば、手術の腕がすべての分野である。当院で初めから手術した網膜剥離の患者の、現在までの治癒率実績は100%である。全員が治癒している。毎日、日本で最も難しい患者が殺到している施設であるので、今後も全員が治るかどうかは分からないが、今の実績を今後とも積み上げていきたいと、兜の尾を締めている。
しかし、深作眼科には他院ですでに何回も手術を受けた患者が多く来院する。最後の頼みと必死思いで、日本47都道府県のみならず海外からも多くの患者が来る。このすでに手を付けている患者が実は非常に困るのである。2〜3回の手術はざらで、8回も網膜剥離の手術をして治癒しないで、網膜がぼろぼろになってからくる患者もいる。
なぜ、患者は初回手術で治せる施設を選ばないのか。良くあるパターンは、町のお医者さんに、見えにくいとので診察を頼むと、網膜剥離が見つかる。すると、町のお医者さんは、大きな病院に紹介します、となる。これは決して悪気があるのではない。深作眼科は5000平米もある日本最大級の眼科専門施設だが、この大きな病院とは、大学病院や総合病院の眼科のことを示すことが多い。しかし、正確な情報を患者は持っているのだろうか?大学病院は、学校であるので、患者さんで勉強させてもらう必要がある。これは悪いことではなく、そのような施設であることを理解しない患者がある意味で悪い。総合病院は通常は大学の関連病院であるから、大学とほぼ同様に、患者さんで勉強する施設との意味合いが強い。
さらに、眼科は世界の中で、毎年毎年進歩するといった非常に進化が早い分野である。この為に、私が学会活動を主にしているアメリカやドイツでは眼科外科医は医学の中で最も優秀な医師が切磋琢磨している分野なのである。ところが残念ながら日本では、言葉の問題もあり、また日本では眼科医を眼医者などと侮蔑語で呼んだり、マイナーな科(小さい分野の科)などと軽んじる傾向がある。一方でアメリカでは、眼科外科は外科のクイーンであると言われる。つまり最高の外科医の意味である。アメリカやドイツでの網膜剥離の手術代金は日本の10倍以上もすることもあり、眼科外科医の収入は日本よりはるかに高く、その結果最も優秀な外科医が集まり、手術の技術も猛烈な勢いで進歩する。
この結果の典型例が、網膜剥離の手術方法に現れる。日本ではいまだに、網膜剥離の多くを、バックリング法というシリコンバンドやスポンジを眼球の外から縫い付けて凹みを作り、眼球に冷凍凝固を当てて、炎症によって網膜をつけようとする、1940年代開発の方法で手術施行する。これは結果的に一時的に落ち着くことはあっても、完全治癒とはならないし、硝子体中に炎症が飛ぶことで、網膜を痛め硝子体を濁らせる。先進国では専門家はバックリング法をほぼ施行しないで、洗練された硝子体手術で治す。では、なぜ硝子体手術ではなくバックリング法を初回手術で選ぶのか。答えを簡潔に言えば、最新式の硝子体手術を最高の技術で行うことができないからとしか言いようがない。いまだに、結膜を切って、古い20Gの方法で硝子体手術をするとか、新しい23Gや25Gであっても、ただ器具を使ったというだけで、技術が伴っていないのである。だいたいが、硝子体手術は水晶体を残せない方法で、若い患者の水晶体を残すに為に、バックリング方法が良いと、本当に信じて言う術者がいかに日本には多いことか。バックリング方法を行えば、当然、結膜は全周で切らなくてはならない。これでは23Gや25Gで行う意味など無くなる。この小切開無縫合硝子体手術の最大の利点は結膜をほとんど傷つけないことだからである。また、硝子体手術では水晶体を残せないで白内障手術を併用するなどと、本気で言われては困る。こんなことを世界の先進国で言えば大笑いされる。技術が高度であれば、硝子体手術で水晶体に全くダメージを起こさないで網膜剥離手術ができる。できなくてはならないし、できないなら、硝子体手術をしてはいけない。この高度な硝子体手術が無理なのでバックリング手術を採用した、というなら理解できるし、現実にはこれなのであろう。しかし、高度な最先端の硝子体手術のレベルに達していない状況を無視して、硝子体手術よりバックリングの手術を最初にやるべきなどと、世界に笑われることを、あたかも真実のように言うべきではない。患者が何よりも不幸である。
眼科外科医が同様に良い手術ができるなどとの幻想は患者も持っていないだろうが、想像以上に網膜剥離眼科手術の分野は、世界レベルの言い方で言えば、通常の日本のレベルよりもはるかに先行してきているのだ。毎日毎日、日本中から他院で手術をすでに受けて、治らないで失明の恐怖におののいて、藁をもつかむ思いで深作眼科に助けを求める患者のいかに多いことか。私の願いはただ一つ、患者を救いたいだけだ。私は患者を前にして、この患者が自分の家族や自分自身だったらどう判断するかと、患者への思いに身を心を入れ過ぎることが多い。深作眼科で初めから網膜剥離の手術を施行すれば必ず治っただろうと思われる患者が、もはやすでに手の施しようがなくなるほど網膜が痛めつけられているのを間の当たりにして、患者が気の毒で心が痛む思いを、毎日、日本中の患者を診て感じるのだ。

網膜剥離は必ず治る病気である。ただし、条件がある、速やかに、何も手を付けずに、深作眼科に急行してほしい。よく病院選択で、近くなので行ったとか、町のお医者さんに紹介されたので行ったと述べる方が多い。なぜ深作眼科に、日本の47都道府県から万遍なく患者が来るのか。理由はあえて言わない。患者も真剣に考えてほしい。世界最高の設備と技術で白内障緑内障、屈折矯正、などすべての分野で世界一の施設が、網膜剥離の手術を世界で最も多く施行しているのである。
これは決して宣伝ではない。日本人1億3千万人の、すべての患者は救えない。縁が無い人は救えない。でも、他で手術をして見え無くなって、がっかりして泣きそうになった顔で、何とか助けてほしいと来院する人がどれだけ多いことか。彼らが異口同音に深作眼科の存在を知らなかったのだという。世界中から患者が来院するのに、日本国内で知らない患者がいるのかと、患者が早く知りたかったと嘆く姿を見るのは大変につらいのだ。せめて、知らせてあげたい。それで来院しないなら縁が無いのであるから、これはもう仕方が無い。そこまでは自らの命を削ってまで救う対象ではない。初めから網膜剥離の手術をするならば、治せるだけでなく、手術後の視力など明らかに圧倒的に有利で良いこととなる。

このように見てくると、網膜剥離手術の成功は、いかに良い施設と手術を施行する最高の術者を見つけることが99.99%の理由であり、これを見つけられることは縁も含めた運があるとしか言いようがない。そこで、題名の”網膜剥離手術はある意味では運との出会い。”となることが理解されるであろう。