iPS細胞での網膜色素上皮移植術

 9月12日にiPS細胞から作った網膜色素上皮移植術を理研の関連病院で手術が施行され、翌日の新聞朝刊には第一面に出ていた。たまたま、当日にテレビのインタビューを受けそのコメントを話した。そして夜には山中教授のiPS細胞の講演を聞いた。その際の違和感を正直に述べよう。

 突然木曜日に依頼があり金曜日の診察の合間にテレビ局のニュース報道のインタビューを受けた。12日の金曜日に神戸で理研主導で、加齢黄斑変性のウエットタイプの網膜色素細胞を除去してiPS細胞から10か月かけて分化させた人工的な網膜色素細胞を移植すると言うプロジェクトだ。

 これがiPS細胞で、これから網膜色素細胞が分化してできるのだと言う。ほんとに実際の網膜色素上皮が出来たのかを、どのように検証したのかが分からない。形態だけ同じでもしょうがない。機能の検証がされていないようだが、この内容についてのコメントでは無い。実は当日のインタビューの後、すぐ後の夕方の学会で山中伸弥教授のiPS細胞の講演があり参加したのだ。

 内容は従来の報道と同じく目新しいものはなかったが、問題は臨床の利用の検証をどの程度やったかが無かった。当方の専門の眼科手術について述べるが、網膜色素上皮移植術を施行していることに、どの程度臨床情報があるのだろうかと思った。内容は後で放送の中でもあったが、加齢黄斑変性での痛んだ網膜色素上皮と血管を

除去して、その後網膜下に

iPS細胞から作成した人工的培養の網膜色素上皮を移植すると言う方法である。
 この方法は多くの眼科医や、もちろん一般の人々には、ひどく新鮮な新しい手術方法に映るであろう。
しかし、この加齢黄斑変性への網膜色素上皮移植術はかなり歴史のある方法である。私が9年前にドイツの国際眼科学会で講演していた時である。あるドイツの先生が、2年間の成績として発表した。患者自身の自己の周辺網膜下の色素上皮を取り出す。傷んだ中央の黄斑部下の網膜色素上皮と異常血管を取り出す。そして、周辺から採取した網膜色素上皮を移植したのだ。つまり少なくとも、11年前からこのような方法は行われていた。しかも、本人の網膜色素上皮であり、拒絶反応などの異常反応は無いし機能的な検証も問題ない。しかし、十数例での術後結果はどうであったか、結論は視力改善は無かったのである。まして、培養した網膜色素細胞と言われているシートを移植する方法は、ドイツの例よりも条件が悪い。ドイツの手術は私も興味を持って患者を検証している。しかし、今回の理研の症例はマスコミ的なセンセーションを狙っているのが不思議だ。

 iPS細胞の可能性を否定するつもりは全くないどころか非常に期待している。しかし、結論が分かっている手術に用いる理由がよくわからない。理研のリーダーが臨床医で無く、網膜色素上皮移植術の歴史を知らない可能性がある。翌日の新聞に、患者が明るく見えると言ったという。網膜の手術でガスを入れて俯せしている患者が見えるわけが無い。この中で解説が無いが、白内障手術を併用したのではないか?そうならば正直に言うべきである。明るくなったのは白内障手術の為であり、このiPS細胞からの網膜色素上皮(と言われる細胞シート)移植術の為ではないであろう。
 他の例でいえば、世界で否定された加齢黄斑変性へのPDTレーザーを遅ればせながら日本に導入して、いったいどれだけの失明者を作ったのか?日本の学会で、私がなぜ世界で否定されたPDTを行うのかと質問したところ、当時のPDTを主導していたその教授は、日本人は違うのだとの答えた。こう言った某教授が作った何千人もの失明者に何と申し開きするのか。やっぱり日本人も同じだったとでも言うのか。私は世界中で白人東洋人黒人など診療や治療や手術を施行しているが、世界中の誰もが、日本人が他の人種と違うなどとの愚かなことをいう医師はいない。日本人として悲しいが、日本の眼科レベルは先進世界の眼科医療のレベルからはかなり遅れているし、正しい主張が通りにくい現実がある。私は日本人同朋を一人でも救おうと、アメリカから帰ってきた。かなり昔の話だが、網膜はアメリカよりドイツの方が進んでいた為に専門医まで取得にドイツに通った。深作眼科は世界最高最新の眼科医療を提供しているのは、患者本人に聞けば一番わかる。加齢黄斑変性でも早くから来れば、深作眼科なら治せるのだ。
 この理研のプロジェクトにも多額の費用を税金から投入しているが、眼科用のアヴァスティンを積極的に導入するほうがはるかに人の視力を救える。さらに、早い段階での、深作眼科での、正しく黄斑上膜や内境界膜の剥離など正確に行うことのほうが視機能回復が得られる。もちろん世界的なレベルの正しい硝子体手術をできる技能が絶対に必要だ。
 理研STAP細胞ねつ造論文事件など大切な税金を無駄に使っている事実がある。いくら基礎研究で優秀でも、現実には患者の視機能を守るのは臨床医の手術の腕による部分がほとんどであろう。この検証が抜け落ちているのが、臨床医として不思議である。
 2年後を目標にiPS細胞をパーキンソン病に応用するらしい。これは分野が違うのでわからないが、ドーパミン不足で起こる疾患なので、ドーパミン産生能を持つ細胞を作り、注入する方法などのほうがiPS細胞の結果は出そうだ。正しい応用分野を選ぶことが最も重要であろう。それができて初めてiPS細胞の有用性が証明されるのであろう。