網膜剥離

この朱色の手術風景は、プロ画家でもある、私の、S100号の油彩大作作品である。冷静な気持ちの中で、困難な病気の患者を何とか助けたいと、極端に集中した熱い気持ちを、絵の中に表している。毎日毎日、燃える使命感で、多くの人々を、眼の病から救ってやりたいと、文字通り命がけで頑張っている。

近年網膜剥離患者の手術が激増した。初めから深作眼科にきて網膜剥離の手術を受ける患者は幸せである。なぜなら、今まで100%の患者が治っている実績がある。しかし、半数は残念ながら他院で手術を既に受けてきて、治らずに来院した患者である。これが、実に苦労することとなる。中には大学病院で8回も網膜剥離手術を受けて直らずに、深作眼科を受診して助けてほしいと来院する患者もいた。今や、日本中はもちろん世界中から網膜剥離の患者が殺到する。2回や3回の手術を受けて治らないで、苦悩の果てに、深作眼科に最後の頼みとして来る患者が多いが、これが実に困ることになる。誰が、私がである。私が断れば、世界のどこでも治せないのは分かっている。であるから、どんなに困難でも引き受けてしまう。ほとんどの困難な症例は、練習病院である大学病院での手術を受けた患者である。うまい手術を受けた患者なら、仮に追加手術が必要でも、ちょっとした工夫で治せる事が多い。しかし、経験の少ない大学病院の術者による手術では、頭をひねってしまう難しい状況に追い込まれていることがほとんである。大学病院は初心者を教育する教育病院であるから必要悪とは思うが、患者の大部分は実質が練習台になることを理解していない。もちろん大学病院でも優れた術者もいる。しかし、大学は学校であるから、基本的には手術の練習をするのに決まっているのである。しかも、予算が厳しいので、通常は手術機械も最新の物は備えるのは難しい。
私はアメリカの国際眼科学会から帰国したばかりである。毎年、学会で最高賞など受賞している。常に、世界最高のレベルを保つために、世界の誰よりも努力している。隣は、アメリカの眼科学会の会長であるが、私の国際学会での実績から、アジア太平洋地域から初めてアメリカの国際学会での理事として呼ばれた。世界の中で戦うのは、日本での競争とは次元が違うトップ競争である。その競争から得た、世界最高の眼科手術技術と設備による世界トップの眼科手術を、日本人の同胞を救うのに役立てたい。

深作眼科での良い手術成績が日本中で評判になっている為に、網膜剥離だけに限定しても、難しい患者が多く来院し、毎週毎週20件程度の網膜剥離手術を施行している。深作眼科の手術件数は年間約一万件であるので、それから比べれは一千件程度の全体の一割と思うかもしれないが、他所で手を付けて上手くいかなっかた症例が沢山来るので、頭が痛くなるような困難な例が半分である。
また、最近はスポーツ選手の網膜剥離手術を施行することが増えた。例えば、ボクシングの選手や体操の選手。飛び込みの選手、サッカー選手、格闘技の選手、テニス選手などである。中にはゴルフでボールが目に当たり眼球が割れてしまった網膜剥離などもある。これらの難しい例でも、初めから深作眼科に来た方は深作眼科の世界最高の硝子体手術によって、全例が治っている。問題は何度も言うが他院で手術をした、治っていない症例である。このような困った症例が毎日毎日5から10例ほどは来る。
例えば、ボクシングの選手は顔面を打ち合うために、むき出しの臓器である眼球に直接障害が及びかねない。非常に網膜剥離の起きやすいスポーツである。後で述べるAも、網膜剥離を起こし、大学病院で手術を受けた。しかし、大学病院は基礎的な手術を練習する施設であり、今や先進国のトップの外科医ではまず行わない1940年代に開発された古い方法の、シリコンバンドを眼球に巻きつけるバックリング法を行うことが多い。外側からシリコンバンドで眼球を締め付けることで、硝子体線維が網膜を引いている力を弱めて、網膜を復位しようとする方法である。しかし、網膜剥離の根本原因の硝子体線維は残ったままなので、本質的な意味では治癒しない。一時的に落ち着いた状態を作るに過ぎない。根本原因が治らないので、ボクシングなどで眼に衝撃を受ければ、硝子体線維が多きく揺れることで網膜を引き、再び網膜剥離を引き起こしかねない。つまり、不完全なバックリング法後の眼ではボクシングやサッカー、体操競技飛び込み競技、格闘技などを再開すると網膜剥離の再発が怖くて、もはや競技が出来なくなる。プロでは仕事を失いかねない。
この網膜剥離術後に激しい運動が出来ないと眼科医から聞くことがあろう。しかし、これは全く間違っている。根本的な治療法ではない、シリコン・バックリング法が問題である。勘違いをしてはいけない。後で述べる、世界最先端の極小切開硝子体手術を受けなくてはならない。ただ、この硝子体手術での最先端の手術法は技術的に難しい面も多いので、目安として、少なくとも5,000例以上の手術経験があり、眼科先進国のドイツやアメリカなどで専門医となったような眼科外科医による手術を受けた場合は、根本的な網膜剥離の問題を原因も全て含め治しているので、網膜剥離の再発はまず無い。よって競技スポーツには復帰できる。この手術方法の差について知らないで、網膜剥離手術後に激しい運動ができないなどと思い込まないでほしい。真実は全く違うのである。
もちろん、この硝子体手術を5,000例以上経験が無い眼科外科医からの硝子体手術は大きなリスクがある。硝子体手術は難しいのである。もちろん、誰でも最高の硝子体手術が出来るわけでは無いのだ。基礎手術教育の大学病院では、難しい硝子体手術で失敗するよりも、より単純なバックリング法のほうが成功率が高く安全である、と考えても不思議ではない。しかし、今述べたのは、プロスポーツの選手が現役復帰が出来るかどうかの話である。手術後に激しいスポーツをしないで済むお仕事の方は、別にバックリング法でも問題ないであろう。なぜならば現実に5,000例以上硝子体手術を経験している眼科外科医は、多くは無いのが現実だから。当院は年間約10,000件の眼科手術を施行している。日本ではもちろん最も多い。それでも日本人1億3千万人全ては救えない。物理的に不可能である。だから、ここは、プロスポーツ選手を何とか救って、世界を切り開いてやろう、との話と思ってほしい。
ずっと昔にあった、ある例を述べよう。彼はA君という、プロのボクシング選手を治療したことがある。Aは、将来を嘱望された有望な選手であった。それが、激しい打ち合いで網膜剥離となった。これに対して、残念ながら、彼も、大学病院でこのバックリング法を施行され、しかも2度もされていて成功せずに、視力が出なくなっていた。もはや発症から数ヶ月経っていて視力も出ないために、本人も引退を決意したわけであった。しかし、Aはそれでもあきらめずに、日本で最も手術の成績の良い眼科はどこかと調査して、深作眼科を紹介された。
当院での初診時には、大学病院で2回手術されていた眼は、旧式のバックリング式手術を施行されていたが、網膜は剥がれたままで、網膜上に増殖膜変化が強くあった。視力など出るわけが無い。しかし、大学病院からは、本人に対して、治っていると、言い続けられていた。しかし、治っていないので、徐々に本人は視力が無くなり、引退まで覚悟するほど追い詰められていた。不安な気持ちで、深作眼科に藁をもすがる思いで来院したのだ。
実際の初診時の所見は、網膜は、はがれたままで、かなりいじくられた網膜は増殖膜が強く張っていた為に、視力は0.1未満であった。最新の網膜断層撮影装置画像を本人に示し、網膜剥離が治っていないことを説明し本人も理解した。さらに困ったことに、しかも、反対の眼も網膜剥離があった。こちらは見落としていたのか、何も説明されておらず、ほったらかしであった。
Aは、気の優しそうな好青年であった。小さなやや高い声で、裸眼で0.3以上無いとプロの試合ができない、ということであった。このままでは、左目は失明し、右目も同じく低下してしまう。そもそも旧式のバックリング方法は眼に衝撃の加わる人には向いていない。なぜなら、衝撃を受けて、眼の中の硝子体線維が揺れる。硝子体線維が網膜に付着している為に、揺れた硝子体線維は網膜を引っ張り、網膜を引き破き、再び網膜剥離が起こる危険性があるからだ。バックリング手術後の網膜では、その後は激しいスポーツはできなくなる。
それならどうするか。要は先ほどより述べた、世界最先端の技術である、注意深い硝子体手術を施行することが重要である。衝撃が来ても問題ないように、増殖性の硝子体線維を除去して、剥がれた網膜を完全に付けて治し、網膜の孔を完全に閉鎖すれば良い。こうすれば、ボクシングの試合だろうが、体操の選手で頭から落ちようが、網膜剥離は起きないし、完全に治せる。これは、実際に私が多くの若いスポーツ選手、特にボクシング、格闘技、体操選手、サッカー選手、飛び込み選手などの網膜剥離を数多く手術し、再発した人がいない、完全治癒して競技スポーツも続けられることを、深作眼科での10万件以上の手術実績で証明しているから言えることである。
Aは大学病院で2回手術して、治癒せずに半年もたっている、という条件の悪さはあったが、私が断れば、選手生命を絶たれることは分かっていたので、手術を引き受けた。即座に、まずは視力が極端に悪い、すでに大学病院で手をつけてしまった眼から緊急手術をした。Aはやはりスポーツ選手であり、硝子体手術後の治療のSF6ガスを入れた後の、うつ伏せ体位をしっかり守った。そして、視力も何とか0.1未満から術後には0.8まで回復した。はがれたまま時間が経っていたので、増殖膜を処置するのは非常に困難であったが、奇跡的に回復できた。さらに、見落とされていた反対眼の網膜剥離を手術した。むしろ幸いに、大学病院で手をつけていなかったために、深作眼科で初めから手術できたので、手術も楽で、空気置換だけで完全に治り、1週間という短期間で治癒し、視力も1.2も出た。
当院では網膜剥離も、0.7ミリという極小切開のトンネルでの無縫合硝子体手術と空気かSF6ガス置換で直す。よって、ほとんど切らないこともあり、驚くほどの速さで回復する。

今まで、他院では不安な説明しか受けていなかったAが、私が、治りましたよと説明すると、実際に良い視力を回復できていたので、実にうれしそうな顔で笑顔を見せていたのが印象的であった。そして、Aは、短期間でボクシング選手として復帰していった。そして、再起をかけ、日本選手権でチャンピオンになり、さらには世界チャンピオンにもなった。試合の後に眼をチェックしたが、網膜は完全に治っており、異常は出なくなった。その後、Aは再診しないが、もはや不安も無くなり、自分の世界で頑張っているのであろう。私に助けてもらったのを、もっと感謝しても良いのにと、やや不快にも思ったが、色々とあったのかもしれない。昔の話である。
僕が世界最高の技術の眼科外科医になろうと、昔、欧米の世界トップの医師や施設で研修を何年も繰り返し、今はそこで欧米の医師に手術を教える立場にある。今や世界の誰にも負けない眼科手術を提供できることを誇りに思う。何人ものプロスポーツ選手の眼を助け、いくつものプロの世界チャンピオンを生み出す手助けが出来たことは幸運に思う。
いかなるスポーツでも、頭や眼に衝撃をきたすスポーツには網膜剥離がつき物である。かなり以前に、ボクシングのT選手が網膜剥離で引退という報道があったような記憶がある。これも、旧式のバックリング法を受けていたようだが、バックリング法ではなく、当院での完全な世界最先端の極小切開での硝子体手術を受ければ、完全に網膜剥離は治り、プロ選手として復帰できた可能性はある。

近年は網膜剥離を全て直す施設として評判が高まったせいか、ますます日本中や世界中から患者が来院する。当院は年間1万件近くの数々の手術を施行する。その中で、網膜剥離だけでさえ、毎週20件ほどの網膜剥離硝子体手術を施行して、全て直している。間違いなく、日本で最も多くの網膜剥離手術を施行し、世界で最も網膜剥離の治癒率が高い施設となった。他院で何回も手をつけてくる患者が多いが、できるならば変に手をつけないで、初めから直ぐに来てほしい。網膜剥離は全く怖くない。ただし、症状が出たら他でいじくらないで、直ぐに深作眼科に来院して、直ぐに深作眼科の世界最高の硝子体手術を受けるならば、という条件がつくが。
もしも、網膜剥離で困っている方がいたら、できるだけ早く手をつけないで、当院に受診しなさい、と勧めてやって頂きたい。もちろん、白内障など他の症状があれば、これも世界最高の技術と設備の深作眼科なら、世界最高の結果を出すので、他の眼科の病気も全く問題はない。